胃癌治療ガイドライン 医師用2021年7月改訂 第6版

Ⅰ章 本ガイドラインについて


胃癌治療ガイドラインの目的・対象・使用方法

背景

 胃癌はわが国で最も罹患率の高い悪性腫瘍の一つであり,2017年の統計では男性で前立腺癌に次いで2番目に多く,女性では乳癌,大腸癌,肺癌に次いで多い。胃癌は世界的に減少傾向にあるが,日本では男性で横ばい,女性ではやや減少傾向である。

 今日わが国で発見される胃癌のほぼ半数が早期癌であり,内視鏡的切除などさまざまな低侵襲治療法の開発が進む一方,進行癌に対する薬物療法の選択肢も増えてきた。しかし全国の医療機関で,これら多様化する治療法の適用には格差がある。

目的

 1)胃癌の治療法についての適正な適応を示す
 2)胃癌治療における施設間差を少なくし,患者の予後の改善を図る
 3)治療の安全性と治療成績の向上を図る
 4)無駄な治療を廃して人的・経済的負担を軽減する
 5)医療者と患者の相互理解に役立てる

対象とする利用者

 本ガイドラインが対象とする主な利用者は,胃癌治療に携わる医療機関の医師,看護師,薬剤師などの医療者である。胃癌患者とその家族にも参考となる情報を提供する。

対象とする患者

 本ガイドラインはわが国の胃癌患者を対象とする。

使用方法

 本ガイドラインは治療の適応についての目安を提供するものであり,臨床の現場において活用できる。ただし,ガイドラインに記載した適応と異なる治療法を施行することを規制するものではない。本ガイドラインは,わが国の胃癌臨床研究が本ガイドラインの推奨する治療を標準治療群に設定して計画・展開されることを期待している。

 本ガイドラインは患者に対するインフォームド・コンセントを得る場合に有用と考える。治療法の説明と同意にあたり,医師は患者とともに本ガイドラインを参照し,各治療法の位置づけと内容を平明に説明して患者の理解を得るよう努めることが望ましい。ガイドラインで推奨する治療法と異なる治療を行おうとする場合は,なぜその治療法を選択するのかを患者に説明し,十分な理解を確認する必要がある。

 本ガイドラインの記載内容の責任は日本胃癌学会に帰するが,個々の治療の結果についての責任は治療の担当者に帰するものであり,本学会およびガイドライン委員会は責任を負わない。


作成主体

 本ガイドラインの作成は日本胃癌学会理事会が決定し,同理事長が任命したガイドライン作成委員会が作成する。文献のシステマティックレビューは,別に任命されたシステマティックレビュー委員が行う。最終的にまとめられたガイドライン案を,独立したガイドライン評価委員会が評価し,患者団体からも含めたパブリックコメントを募集して広く意見を求めた後に,日本胃癌学会理事会が承認して発行する。作成にあたっては,学会総会におけるコンセンサスミーティングでの討議や,評価委員会が実施するアンケート調査結果,QI評価結果を検討する。


作成の基本方針

記載する内容

 本ガイドラインは,胃癌に対する手術,内視鏡的切除,薬物療法のそれぞれに関して,治療法の定義,および推奨される治療法と適応を示す。推奨される治療法の選択のために,臨床診断に沿ったアルゴリズムを作成する。また,日常臨床の参考として,胃癌手術のクリニカルパスと術後フォローアップのモデルを呈示する。

作成の経過

 胃癌治療ガイドラインは,2001年の初版以来,第2版(2004年),第3版(2010年),第4版(2014年)において,いわゆる教科書形式を採用しており,十分なエビデンスまたはコンセンサスを有する治療法を本文に記述してきた。第5版(2018年)ではこの本文を補足するものとして,臨床上重要なクリニカル・クエスチョン(CQ)を取り上げ,推奨文とその解説を加えた。第6版はこの形式を継承し,本文およびCQにより構成されている。さらに最新の知見を踏まえて,CQ項目の修正や追加を行い,システマティックレビューに基づいた推奨文と解説を記述した。CQ項目の決定に先立って外科,内視鏡,化学療法それぞれのグループにおいて重要臨床課題を設定し,これに基づいてCQを作成し,スコープにまとめた。スコープ,システマティックレビュー作業結果,CQ設定シート,文献検索式は日本胃癌学会ホームページに記載する。

他学会との調整

 胃癌治療に関しては,本学会の他にも日本消化器内視鏡学会および日本内視鏡外科学会が,また食道胃接合部癌については日本食道学会が独自のガイドラインを策定しているが,両学会のガイドライン委員の主要メンバーが本ガイドライン作成委員会に所属して情報交換しており,学会間で異なる推奨内容とならないよう調整している。

速報に関して

 本ガイドライン作成委員会は定期的に召集され,ガイドラインの記載に値すると考えられる新しいエビデンスが発表された場合や,ガイドラインの実臨床での利用に問題が生じたと思われる場合にこれを討議する。必要な場合は冊子体のガイドライン改訂に先んじて,作成・評価・承認の通常の手順を経て,学会ホームページ上で速報として公開する。

改訂について

 胃癌治療ガイドラインの改訂は理事会が決定し,上記(Ⅰ章2.作成主体)に沿って行われる。改訂は概ね3年毎を目途に行う。


本ガイドラインのエビデンスレベルと推奨の強さの表記

本文について

 日常臨床として推奨する治療法については,本文においてアルゴリズムとともに簡潔に解説した。この記述はエビデンスに基づくことを原則としている。ただし,手術および内視鏡的治療に関する記述の多くは,胃癌研究会(1962~1998年)時代からのわが国独自の膨大なデータ蓄積により形成されたコンセンサスに基づいており,治療法ごとのエビデンスレベルや推奨の強弱は原則として記していない。

 一方,薬物療法に関してはわが国独自のランダム化比較試験や,わが国が参加したグローバル試験によるレベルの高いエビデンスが生まれてきた。本文では,これらのエビデンスレベルをガイドライン作成委員により厳密に吟味したうえで,「推奨されるレジメン」と「条件付きで推奨されるレジメン」に分けて記載した。

CQのエビデンスレベルについて

 CQに対するエビデンスレベルは以下の様に決定した。


表1 文献のエビデンスレベル

エビデンスレベル 内容
I システマティックレビュー/ランダム化比較試験のメタアナリシス
II 1つ以上のランダム化比較試験
III 非ランダム化比較試験
IV 分析疫学的研究
V 記述研究
VI 患者データに基づかない専門委員会や専門家個人の意見

表2 推奨決定のためのアウトカム全般のエビデンスの強さ(確実性)

A 効果の推定値が推奨を支持する適切さに強く確信がある。
B 効果の推定値が推奨を支持する適切さに中程度の確信がある。
C 効果の推定値が推奨を支持する適切さに対する確信は限定的である。
D とても弱い 効果の推定値が推奨を支持する適切さにほとんど確信できない。

(小島原典子,中山健夫,森實敏夫,山口直人,吉田雅博編集.Minds診療ガイドライン作成マニュアル2017.公益財団法人日本医療機能評価機構EBM医療情報部.2017. P176:表5-1)


表3 推奨の強さの表現

推奨の強さ 推奨の表現
強い 「実施する」ことを強く推奨する
弱い 「実施する」ことを弱く推奨する
弱い 「実施しない」ことを弱く推奨する
強い 「実施しない」ことを強く推奨する

(小島原典子,中山健夫,森實敏夫,山口直人,吉田雅博編集.Minds診療ガイドライン作成マニュアル2017.公益財団法人日本医療機能評価機構EBM医療情報部.2017. P180:GRADE gridによる合意形成フォーム(投票用紙)より)


 Minds診療ガイドライン作成マニュアル2017に基づき,ガイドライン作成委員によりスコープで取り上げるべきクリニカルクエスチョンを決定し,これに関連する論文を収集した。各論文の示すエビデンスレベル(表1)を基に,その総体を評価してエビデンスの強さ(確実性)(表2)を決定した。

CQの推奨の強さ

 エビデンス評価等を用いて推奨文草案を作成し,ガイドライン作成委員による会議により推奨の内容とその強さについて,GRADE gridによる方法に準じて合意形成を行った。

 推奨の強さを決定するためのエビデンスの確実性は表2のように判定した。

 また推奨の強さは次のように分類して記述した(表3

 推奨を決める際は,それぞれのクリニカルクエスチョンに関連する分野のガイドライン作成委員により投票を行った。1回の投票にて70%以上の合意が得られれば決定した。70%以上の合意が得られなかった場合,さらにガイドライン作成委員による検討を行い,再度投票を行った。それでも70%以上の合意が得られない場合,「実施すること」を強く,あるいは弱く推奨する割合が50%以上で,「実施しないこと」を推奨する割合が20%以下の場合は,「実施することを弱く推奨する」と決定し,「実施しないこと」を強く,あるいは弱く推奨する割合が50%以上で,「実施すること」を推奨する割合が20%以下の場合は,「実施しないことを弱く推奨する」と決定した。これらにも当たらない場合は「明確な推奨ができない」とした。また委員会の検討により推奨度の決定が困難なCQと考えられた場合には,「明確な推奨ができない」の選択肢も含めて投票を行い,上の手順に沿って決定した。


文献検索法

 重要臨床課題毎に共通のキーワードを基に検索式を作成した。MEDLINEおよびCochrane Libraryを検索データベースとし,2000年1月から2019年9月までの英語および日本語の文献を検索した。

 検索は国際医学情報センターが行い,文献を抽出した。これに用手検索で抽出した文献を追加して,各文献全文を入手し内容を批判的に吟味した。


ガイドラインの公開

 本ガイドラインが胃癌治療の現場で広く利用されるよう小冊子として出版し,また学会のホームページなどでも公開する。さらに学術集会や市民講座などでの広報を行う。


利益相反

 ガイドライン作成委員の自己申告により利益相反の状況を確認し,日本医学会策定の診療ガイドライン策定参加資格基準ガイダンスに基づき診療ガイドラインの策定に参加する資格を有することを確認した。システマティックレビュー委員についても利益相反の状況の自己申告に基づき,同様に診療ガイドラインの策定に参加することに問題ないことを確認した。CQの投票に際しては経済的利益相反に加えて学術的利益相反についても確認し,利益相反のある委員は予め投票に参加しなかった。各委員の利益相反状況は日本胃癌学会ホームページにて開示する。


資金

 本ガイドラインは全て日本胃癌学会が提供する資金により作成され,経済的独立性が保たれている。

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