胃癌治療ガイドライン 医師用2021年7月改訂 第6版

Ⅲ章 資料

クリニカル・クエスチョン(CQ)

重要臨床課題3合併切除、拡大手術の意義

CQ6 進行胃癌に対する大網切除は推奨されるか?

推奨文

cT3-T4胃癌に対して大網切除を行うことを弱く推奨する。(合意率100%(8/8),エビデンスの強さC)

解説

 本CQに関する文献をPubMedで“Gastric cancer”,“Advanced gastric cancer”,“Omentectomy”,“Omentum preservation”のキーワードで,医中誌,Cochrane Libraryも同様のキーワードで検索した。検索期間は2019年9月までとした。上記のキーワードにて162編が抽出された。一次スクリーニングで9編,二次スクリーニングで3編の論文が抽出された。

 現在,本邦ではcT1‒2の胃癌に対しては大網温存手術(胃大網動静脈から約3cm離して胃結腸間膜を切離する手術)が行われているが,cT3‒4の胃癌に対しては大網切除を行う施設が多い。以前,本邦では大網切除のみでなく横行結腸間膜前葉と膵被膜を同時に切除する網嚢切除も行われてきた。しかし,大網切除と網嚢切除を比較した第Ⅲ相ランダム化試験JCOG1001において,網嚢切除では術後合併症として膵液瘻が増加するが,生存期間や再発率における優越性は認められなかったため[1],網嚢切除は一般的には行われない。

 大網にはmilky-spotというマクロファージやリンパ球が集簇する免疫系組織が存在する。これは腹腔内の異物や細菌を貪食し除去する機能を有し,浮遊する癌細胞をも吸着するとされている。T3以深の胃癌では再発形式として腹膜播種が多いことから,予防的に大網を全切除することで再発を減少させることを目的に大網切除は慣習的に行われてきた。再発率を低下させ,ひいては生存期間を延長させることができれば患者にとっては益となる。一方,大網は腹腔内感染を防ぐ機能や,術後の腸管癒着を防止する機能を有している。大網を切除しこの防御機能を失うことで,術後に腹腔内膿瘍や癒着性腸閉塞などの合併症が増加してしまうのであれば患者にとって害となる。

 欧州や南米における,主に進行胃癌において切除した大網を病理学的に詳細に検討した研究では,術中に播種が明らかであった症例を除外し1.8‒10.0%の症例に大網転移が認められたと報告されており[2‒4],大網切除の必要性が示唆されている。これまでに大網切除と大網温存術を比較したランダム化試験は報告されておらず,2019年9月までの検索期間では日本と韓国から後ろ向きの観察研究のみが報告されていた[5,6]。日本からは4型を除いたcT2‒4症例を対象とし,傾向スコアマッチングで患者背景を調整した大網切除群,大網温存群,各98例を解析した研究が報告されている[5]。大網切除群では出血量が有意に多く,手術時間は長かったが,この研究では大網切除群の約半数に網嚢切除が行われ,脾摘も有意に多く施行されていたことが影響している可能性がある。3年無再発生存率は72.9%vs. 76.7%(p=0.750)と差がなく,5年無再発生存率も66.2%vs. 67.3%と差を認めなかった。再発例における検討では腹膜播種再発の数は同等であった。グレード分類はされていないが,腸閉塞を含めた合併症発生割合には差を認めなかった。韓国からは腹腔鏡下胃切除を施行し,病理学的に漿膜浸潤を認めなかった症例(pT2‒3)を対象とし,同様に傾向スコアマッチングで患者背景を調整した各51例を解析した研究が報告されている[6]。手術時間は大網切除群で長かった。5年無病生存率は83.3%vs. 90.5%と差がなく(p=0.442),合併症発生割合にも差がなかった。多変量解析で術式は再発の予後因子として抽出されなかった。さらに本ガイドライン作成中の2020年5月に本邦から多施設共同後ろ向き観察研究の結果が報告された[7]。この研究では4型を含むcT3‒4症例が対象とされ,登録された1,758例から傾向スコアマッチングで患者背景を調整した各263例が解析対象となった。手術時間に差はなかったが出血量は大網切除群で多かった。GradeⅢ以上の合併症は大網切除群で有意に多かった(17.5%vs. 10.3%,p=0.016)。腹腔内膿瘍や腸閉塞は大網切除群で多い傾向を示したが有意差は認めなかった。5年全生存率(77.1%vs. 79.4%,p=0.749)に差はなく,再発形式にも差を認めなかった。

 以上,進行胃癌に対する大網切除は,これまでの後ろ向き観察研究の結果では生存期間に関して大網温存に対する明らかな優越性は示されていない。術後合併症は1論文で大網切除によって増加する可能性が示唆された。しかし大網切除がこれまで長く標準術式として行われてきた事実,開腹手術であれば手技的に容易でコストも変わらないことを考慮すると,現時点では行わないことを推奨する根拠は乏しい。以上,益と害のバランス,エビデンスの程度,コストとのバランスなどを勘案し,上記推奨文を決定した。現在,日本で4型・大型3型を除くcT3‒4症例を対象とした大規模ランダム化試験(漿膜下浸潤及び漿膜浸潤を伴う進行胃癌を対象とした大網切除に対する大網温存の非劣性を検証するランダム化比較第Ⅲ相試験:JCOG1711)が登録中であり,その解析結果が待たれる。


引用文献

[1] Kurokawa Y, Doki Y, Mizusawa J, et al: Bursectomy versus omentectomy alone for resectable gastric cancer(JCOG1001): a phase 3, open-label, randomised controlled trial. Lancet Gastroenterol Hepatol 2018; 3: 460‒8.

[2] Jongerius EJ, Boerma D, Seldenrijk KA, et al: Role of omentectomy as part of radical surgery for gastric cancer. Br J Surg 2016; 103: 1497‒503.

[3] Barchi LC, Ramos MFKP, Dias AR, et al: Total Omentectomy In Gastric Cancer Surgery: Is It Always Necessary? Arq Bras Cir Dig 2019; 32: e1425.

[4] Haverkamp L, Brenkman HJF, Ruurda JP, et al: The Oncological Value of Omentectomy in Gastrectomy for Cancer. J Gastrointest Surg 2016; 20: 885‒90.

[5] Hasegawa S, Kunisaki C, Ono H, et al: Omentum-preserving gastrectomy for advanced gastric cancer: a propensity-matched retrospective cohort study. Gastric Cancer 2013; 16: 383‒8.

[6] Kim DJ, Lee JH, Kim W: A comparison of total versus partial omentectomy for advanced gastric cancer in laparoscopic gastrectomy. World J Surg Oncol 2014; 12: 64.

[7] Ri M, Nunobe S, Honda M, et al: Gastrectomy with or without omentectomy for cT3‒4 gastric cancer: a multicentre cohort study. Br J Surg 2020; 107: 1640‒7.


CQ7 上部進行胃癌に対する脾門郭清は推奨されるか?

推奨文

大彎に浸潤しない腫瘍に対しては脾摘や脾門郭清を行わないことを強く推奨する。(合意率100%(8/8),エビデンスの強さA)
大彎に浸潤する腫瘍に対しては脾摘や脾門郭清を行うことを弱く推奨する。(合意率87.5%(7/8),エビデンスの強さC)

解説

 本CQに関する文献検索をPubMedで“Gastric cancer”,“Advanced gastric cancer”,“splenectomy”,“splenic hilar dissection”,“spleen-preservation”のキーワードで行い,医中誌,Cochrane Libraryも同様のキーワードで検索した。検索期間は2019年9月までとした。上記のキーワードにて162編が抽出され,それ以外に3編追加された。一次スクリーニングで18編,二次スクリーニングで14編の論文が抽出された。

 胃上部に浸潤する進行癌では脾門リンパ節(No.10リンパ節)に転移をきたす場合がある。No.10リンパ節を完全切除するには脾摘を行うのが確実という考えにより,以前は腫瘍周在にかかわらず予防的脾摘が多く行われてきた。これは局所制御および生存率向上を益として目指した治療法であった。しかし脾摘による害として,特に術後合併症増加が問題視されており,さらには長期的な視点での血栓性疾患のリスク,免疫機能低下による易感染性,他臓器発癌が指摘されている。近年は脾臓を温存しながらNo.10リンパ節を切除する脾温存脾門郭清の手技も報告されている。

 胃上部進行癌におけるNo.10リンパ節転移の高リスク因子は,大彎浸潤,4型,漿膜浸潤,高度リンパ節転移などがこれまでに報告されてきた。現在は大彎浸潤の有無によって,脾門郭清の対象を分類する考え方が一般的である。したがって本CQの推奨を決定するにあたっては,臨床的な大彎浸潤の有無によって分けて記載した。

 胃上部進行癌を対象としてランダム化比較試験(脾摘vs. 脾温存)の結果は2000年以降で3編ある[1‒3]。いずれも生存期間には差がなかったこと,術後合併症は脾摘群で有意に高かったことが報告されている。特に本邦で行われたJCOG0110(上部進行胃癌に対する胃全摘術における脾合併切除の意義に関するランダム化比較試験)では4型・大型3型を除くcT2‒4の大彎線に浸潤しない腫瘍を対象とし,505例が登録されておりエビデンスレベルが最も高い。主要評価項目である5年全生存率は脾摘群75.1%vs. 脾温存群76.4%,ハザード比0.88[95%信頼区間:0.67‒1.16(<1.21)]で脾温存の非劣性が証明された。脾摘群におけるNo.10リンパ節転移割合はわずか2.4%であった。全合併症発生割合は30.3%vs. 16.7%(p=0.0004)と有意に脾摘群で高く,特に膵液瘻においては12.6%vs. 2.4%(p<0.0001)と差が顕著であった[1]。したがって大彎浸潤しない症例ではNo.10リンパ節郭清や脾摘の意義はないことが示された。

 一方,大彎に浸潤をきたした症例に限定したNo.10リンパ節転移割合は,後ろ向き観察研究で4型や大型3 型を含めて13.4‒19.4%[4‒6]とされている。その郭清効果指数(転移割合×5年生存率)も5.6‒7.1[4‒6]と比較的高い値が報告されており,このような対象においては,脾摘やNo.10リンパ節郭清によって長期生存が得られる可能性が示唆されている。大彎浸潤をきたした症例に限定し,脾摘と脾温存を比較した後ろ向き観察研究は1編[7]あり,生存率に差がなかったことを報告している。しかし症例数不足,選択バイアス,臨床的No.10リンパ節転移症例を除外しているなどの理由から,評価は困難である。まとめると大彎浸潤をきたした症例に対してはNo.10リンパ節郭清の効果を示唆する報告が多いが,そのエビデンスは十分ではない。一方,不要と判断するエビデンスもないため,今回は「実施することを弱く推奨する」とした。

 また大彎浸潤症例に対するNo.10リンパ節郭清が必要だった場合,脾摘が必要かあるいは脾摘を回避することを目的に脾温存脾門郭清で代用され得るかは,別の課題として挙げられる。脾摘と脾温存脾門郭清を比較した研究は,開腹手術におけるランダム化比較試験(n=208)が1編[3]みられる。この試験では5年生存率が54.8%vs. 48.8%と脾摘群でやや良好であったが統計学的には差がなかったこと,術後合併症は脾摘で有意に多かったことが報告されている。しかしこの試験では大彎浸潤例に対象を限定していないため,評価が困難である。近年,腹腔鏡下の拡大視効果が脾温存脾門郭清に有用であるという報告が先進施設からされている[8]が,その安全性や効果は十分に評価されていない。日本では大彎に浸潤するが臨床的にNo.10リンパ節転移を認めない胃上部進行胃癌に対する腹腔鏡下(ロボット支援下)脾温存脾門郭清の安全性に関する第Ⅱ相試験(JCOG1809)が現在登録中であり,予防的脾摘に替わる有効な治療法の選択肢となりうるかの評価がなされる見込みである。

 以上,益と害のバランス,エビデンスの程度,コストとのバランスなどを勘案し,上記推奨文を決定した。


引用文献

[1] Sano T, Sasako M, Mizusawa J, et al: Randomized Controlled Trial to Evaluate Splenectomy in Total Gastrectomy for Proximal Gastric Carcinoma. Ann Surg 2017; 265: 277‒83.

[2] Csendes A, Burdiles P, Rojas J, et al: A prospective randomized study comparing D2 total gastrectomy versus D2 total gastrectomy plus splenectomy in 187 patients with gastric carcinoma. Surgery 2002; 131: 401‒7.

[3] Yu W, Choi GS, Chung HY: Randomized clinical trial of splenectomy versus splenic preservation in patients with proximal gastric cancer. Br J Surg 2006; 93: 559‒63.

[4] Yura M, Yoshikawa T, Otsuki S, et al: The Therapeutic Survival Benefit of Splenic Hilar Nodal Dissection for Advanced Proximal Gastric Cancer Invading the Greater Curvature. Ann Surg Oncol 2019; 26: 829‒35.

[5] Kosuga T, Ichikawa D, Okamoto K, et al: Survival benefits from splenic hilar lymph node dissection by splenectomy in gastric cancer patients: relative comparison of the benefits in subgroups of patients. Gastric Cancer 2011; 14: 172‒7.

[6] Watanabe M, Kinoshita T, Enomoto N, et al: Clinical Significance of Splenic Hilar Dissection with Splenectomy in Advanced Proximal Gastric Cancer: An Analysis at a Single Institution in Japan. World J Surg 2016; 40: 1165‒71.

[7] Ohkura Y, Haruta S, Shindoh J, et al: Efficacy of prophylactic splenectomy for proximal advanced gastric cancer invading greater curvature. World J Surg Oncol 2017; 15: 106.

[8] Kinoshita T, Shibasaki H, Enomoto N, et al: Laparoscopic splenic hilar lymph node dissection for proximal gastric cancer using integrated three-dimensional anatomic simulation software. Surg Endosc 2016; 30: 2613‒9.


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