胃癌治療ガイドライン 医師用2021年7月改訂 第6版

Ⅲ章 資料

クリニカル・クエスチョン(CQ)

重要臨床課題 15高齢者

CQ31 高齢者に対する内視鏡的切除は推奨されるか?

推奨文

高齢者に対する内視鏡的切除は治療に伴う偶発症リスク(特に肺炎)に留意したうえで,実施することを強く推奨する。(合意率100%(10/10),エビデンスの強さC)

解説

 本CQに対する推奨の作成を行ううえで,高齢(65歳以上)の早期胃癌症例を対象として内視鏡的切除を行った場合の,生存期間・有害事象・コストをアウトカムとして設定した。

 重要臨床課題として“有害事象”を設定し,MEDLINEで“Gastric cancer”,“Stomach neoplasms”,“Aged”,“Geriatric”,“Elder”,“Senile”,Senescence”,“Endoscopy, Digestive system”,“ESD”,“EMR”のキーワードで検索した。Cochrane Libraryも同様のキーワードで検索した。検索期間は2000年1月から2019年9月までとした。上記のキーワードにて152編(Cochrane Library20編,MEDLINE132編)が抽出された。一次スクリーニングで23編,二次スクリーニングで9編の論文が抽出された。

 早期胃癌の診断後,6カ月以上無治療であった71例の予後を10年目以降に検討した研究によると,5年後の進行癌移行率が63%[95%信頼区間(CI):48‒78%]であったことから[1],高齢者であっても早期胃癌と診断されれば治療介入を考慮する必要がある。また,内視鏡的切除では胃が温存されることから,比較試験を待たずしても内視鏡的切除は外科手術より術後QOLが良好であることが推察される。

 75歳以上の高齢者(PS0‒2,基礎疾患の管理良好,他癌なし)を対象にESDを行った研究によると[2],日本人の一般人口における期待5年生存率77.5%と比べ,ESD治癒切除例(145例)の5年生存率は84.6%と良好であり,非治癒切除かつ追加外科切除例(15例)では73.3%とほぼ同等,非治癒切除かつ経過観察例(17例)では58.8%と不良であった。

 85歳以上の高齢者(PS0,1,他の予後規定疾患なし,認知症なし)を対象にESDを行った研究によると[3],prognostic nutritional index(PNI)のみが臨床病理学的に有意な予後因子であり(Cutoff値44.6のハザード比:7.0,95%CI:2.2‒22.9,p=0.001),44.6未満(15例)の3年生存率54.3%,5年生存率54.3%,44.6以上(93例)の3年生存率95.9%,5年生存率76.3%であった。

 ESDの短期治療成績を高齢者(6,713例)と非高齢者(23,387例)で比較した研究(高齢者の定義:65歳以上1編,80歳以上1編,75歳以上7編)のメタアナリシスによると[4],一括切除率(93.2%vs. 92.8%),病理学的完全切除率(90.6%vs. 90.1%)はそれぞれオッズ比0.98[95%CI:0.56‒1.71],0.79[95%CI:0.58‒1.07]と有意差はみられず,また,穿孔率(1.6%vs. 1.1%),治療関連出血率(3.3%vs. 2.9%)もそれぞれオッズ比1.19[95%CI:0.94‒1.51],1.13[95%CI:0.83‒1.56]と有意差はみられなかった。一方で,治療関連肺炎発症率(0.86%vs. 0.39%)は,オッズ比2.18[95%CI:1.55‒3.08,p<0.01]と高齢者において有意な増加が認められた。

 また,本邦のDPCを用いた80歳以上の高齢者(5,525例)と非高齢者(21,860例)に対するESDの比較研究によると[5],両者には全治療関連偶発症率(4.3%vs. 3.9%)に有意差はみられなかったが,治療関連肺炎発症率(0.8%vs. 0.4%,p<0.001)には有意差がみられた。さらに,平均在院期間は有意に高齢者が長く(12.2日vs. 9.3日,p<0.001),医療費も有意に高齢者が高額であった(USD7346.3vs. USD6295.6,p<0.001)。

 しかしながら,これらの研究では全身状態が比較的良好と判断された高齢者を対象にESDが行われているという選択バイアスが存在する。高齢者は年齢層や全身状態の差異による予後の違いが大きいと思われること,また治療に伴う偶発症リスク(特に肺炎)も高いことに留意する必要があり,今後は暦年齢のみではなく,生物学的年齢を考慮した研究を推進する必要がある。


引用文献

[1] Tsukuma H, Oshima A, Narahara H, et al: Natural history of early gastric cancer: a nonconcurrent, long term, follow up study. Gut 2000; 47: 618‒21.

[2] Sumiyoshi T, Kondo H, Fujii R, et al: Short- and long-term outcomes of endoscopic submucosal dissection for early gastric cancer in elderly patients aged 75 years and older. Gastric Cancer 2017; 20: 489‒95.

[3] Sekiguchi M, Oda I, Suzuki H, et al: Clinical outcomes and prognostic factors in gastric cancer patients aged≥85 years undergoing endoscopic submucosal dissection. Gastrointest Endosc 2017; 85: 963‒72.

[4] Lin JP, Zhang YP, Xue M, et al: Endoscopic submucosal dissection for early gastric cancer in elderly patients: a meta-analysis. World J Surg Oncol 2015; 13: 293.

[5] Murata A, Muramatsu K, Ichimiya Y, et al: Endoscopic submucosal dissection for gastric cancer in elderly Japanese patients: an observational study of financial costs of treatment based on a national administrative database. J Dig Dis 2014; 15: 62‒70.


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