胃癌治療ガイドライン 医師用2021年7月改訂 第6版

Ⅲ章 資料

クリニカル・クエスチョン(CQ)

重要臨床課題 16抗血栓薬服用者

CQ32 抗血栓薬服用者に内視鏡的切除は推奨されるか?

推奨文

抗血栓薬服用者に対する内視鏡的切除は,治療に伴う利益と不利益とを十分考慮したうえで,実施することを強く推奨する。(合意率89%(8/9),エビデンスの強さC)

解説

 本CQに対する推奨の作成を行ううえで,抗血栓薬服用の早期胃癌症例を対象として内視鏡的切除を行った場合の,生存期間・有害事象・コストをアウトカムとして設定した。

 重要臨床課題として“有害事象”を設定し,MEDLINEで“Gastric cancer”,“Stomach neoplasms”,“Fibrinolytic agents”,“Thrombolytic therapy”,“Anticoagulants”,“Platelet aggregation inhibitors”,Antithrombotics”,“Antiplatelets”,“Ticlopidine”,“Clopidogrel”,Dabigatran”,“Aspirin”,“Warfarin”,“Heparin”,“Endoscopy, Digestive system”,“ESD”,“EMR”のキーワードで検索した。Cochrane Libraryも同様のキーワードで検索した。検索期間は2000年1月から2019年9月までとした。上記のキーワードにて148編(Cochrane Library53編,MEDLINE195編)が抽出された。一次スクリーニングで46編,二次スクリーニングで20編の論文が抽出された。

 早期胃癌の診断後,6カ月以上無治療であった71例の予後を10年目以降に検討した研究によると,5年後の進行癌移行率が63%[95%信頼区間(CI):48‒78%]であったことから[1],抗血栓服用者であっても早期胃癌と診断されれば治療介入を考慮する必要がある。また,内視鏡的切除では胃が温存されることから,比較試験を待たずしても内視鏡的切除は外科手術より術後QOLが良好であることが推察される。

 胃ESDの主な偶発症は術中穿孔と術後出血であり,抗血栓薬服用者は非服用者に比べESD後出血の増加が危惧される。ESD後出血について検討したメタアナリシスによると[2],全ESD症例における後出血率は5.1%[95%CI:4.5‒5.7]であり,抗血栓薬服用はオッズ比1.63[95%CI:1.3‒2.03]と有意な危険因子であった。

 抗血栓薬服用者を,服用継続者,ヘパリン置換者,および服用休薬者に分けて検討した研究によると[3],後出血率は,それぞれ9.3%(5/54),10.8%(4/37),および9.4%(26/276)であり,いずれの後出血率の間にも有意差がみられなかった。

 抗血小板薬服用者のみを対象とした研究によると[4],後出血は抗血小板薬の多剤使用(オッズ比2.41[95%CI:1.01‒5.76]),切除径5.5cm以上(オッズ比2.84[95%CI:1.04‒7.73])が有意な後出血の危険因子であった。

 もう一つの抗血小板薬服用者のみを対象とした研究によると[5],アスピリン単剤服用者においては,アスピリン継続者の後出血率は10.7%(6/56)であり,同休薬者の10.3%(4/39)とほぼ同等であった(p>0.99)。アスピリン服用者のみを対象とした研究においても[6],後出血率は継続者で3.6%(1/28),休薬者で4.8%(3/66)と有意差はみられなかった。

 抗凝固薬服用者を対象とした研究によると[7],後出血率は直接経口抗凝固薬(DOAC)20.8%(5/24)とワルファリン24.6%(18/73)の間では有意差はみられなかったが,DOACのうち,ダビガトラン0%(0/12)はリバーロキサバン45%(5/11)より有意に低値であった。本研究では,ヘパリン置換(オッズ比10.7[95%CI:1.20‒95.2]),リバーロキサバン(オッズ比6.00[95%CI:1.30‒27.6]),抗血栓薬の多剤使用(オッズ比4.35[95%CI:1.33‒14.3])が有意な後出血の危険因子であった。

 血栓塞栓症の発症について言及している論文が5編みられた。抗血栓薬服用例のうち1.1%(1/90)に脳梗塞[8],1.3%(4/317)に血栓塞栓症(2例は脳梗塞,1例はTIA,1例は狭心症)[3],抗血小板薬服薬例のうち0.5%(1/215)に脳梗塞[4],6.1%(4/66)に血栓塞栓症(2例の脳梗塞,術後に2例の心筋梗塞(うち1例は死亡))[6],抗凝固薬服薬例のうち1.0%(1/97)に脳梗塞[7],というもので,いずれも休薬した症例で発症がみられていた。

 しかしながら,これらの研究では全身状態が比較的良好と判断された抗血栓薬服用者を対象にESDが行われているという選択バイアスが存在することに留意する必要がある。


引用文献

[1] Tsukuma H, Oshima A, Narahara H, et al: Natural history of early gastric cancer: a nonconcurrent, long term, follow up study. Gut 2000; 47: 618‒21.

[2] Libânio D, Costa MN, Pimentel-Nunes P, et al: Risk factors for bleeding after gastric endoscopic submucosal dissection: a systematic review and meta-analysis. Gastrointest Endosc 2016; 84: 572‒86.

[3] Igarashi K, Takizawa K, Kakushima N, et al: Should antithrombotic therapy be stopped in patients undergoing gastric endoscopic submucosal dissection? Surg Endosc 2017; 31: 1746‒53.

[4] Oh S, Kim SG, Kim J, et al: Continuous Use of Thienopyridine May Be as Safe as Low-Dose Aspirin in Endoscopic Resection of Gastric Tumors. Gut Liver 2018; 12: 393‒401.

[5] Harada H, Suehiro S, Murakami D, et al: Feasibility of gastric endoscopic submucosal dissection with continuous low-dose aspirin for patients receiving dual antiplatelet therapy. World J Gastroenterol 2019; 25: 457‒68.

[6] Sanomura Y, Oka S, Tanaka S, et al: Continued use of low-dose aspirin does not increase the risk of bleeding during or after endoscopic submucosal dissection for early gastric cancer. Gastric Cancer 2014; 17: 489‒96.

[7] Yoshio T, Tomida H, Iwasaki R, et al: Effect of direct oral anticoagulants on the risk of delayed bleeding after gastric endoscopic submucosal dissection. Dig Endosc 2017; 29: 686‒94.

[8] Takeuchi T, Ota K, Harada S, et al: The postoperative bleeding rate and its risk factors in patients on antithrombotic therapy who undergo gastric endoscopic submucosal dissection. BMC Gastroenterol 2013; 13: 136.


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