胃癌治療ガイドライン 医師用2021年7月改訂 第6版

Ⅱ章 治療法

D補助化学療法CQ28CQ30

術後補助化学療法の意義

 術後補助化学療法(adjuvant chemotherapy)は,治癒切除後の微小遺残腫瘍による再発予防を目的として行われる化学療法である。本邦では,ACTS‒GC試験によりpStageⅡ/Ⅲ胃癌において手術単独と比較したS‒1を用いた術後補助化学療法の有効性が報告された65,66)。その後,韓国で実施されたCLASSIC試験においてカペシタビン+オキサリプラチン併用(CapeOX)療法の有用性(無再発生存期間の延長)が示され67),国内でもその安全性確認のための試験が行われた68)。さらに,JACCRO GC‒07試験において,pStageⅢ胃癌を対象としてS‒1に対するS‒1+ドセタキセル併用療法の優越性が示された69)。なお,本ガイドライン作成のためのシステマティックレビュー終了後(2020年12月)であるが,D2郭清を伴う術後のpStageⅡ/Ⅲ症例に対する補助化学療法の第Ⅲ相試験(ARTIST2)において,S-1+オキサリプラチン併用(SOX)療法がS-1と比較して主要評価項目である無病生存期間を有意に延長したことが報告された70)

 このように,適切な術後補助化学療法により切除術後の治癒率の向上が得られることから,pStageⅡ/Ⅲ胃癌に対して術後補助化学療法を行うことが推奨される。


術後補助化学療法の適応

 JCOG1104試験によってpStageⅡ胃癌に対して,S‒1の1年間投与が標準治療であり,その良好な治療成績(3年無再発生存率93.1%,3年生存率96.1%)71)が示された。ACTS‒GC試験の結果と合わせて,1年間のS‒1による術後補助化学療法が推奨される。一方,pStageⅢに対しては,JACCRO GC‒07試験の結果により併用療法が推奨され,S‒1単独療法は「条件付きの推奨」となる。ただし,S‒1+ドセタキセル併用療法とCapeOX療法などのオキサリプラチン併用療法との直接比較がないため,これらの併用療法のいずれがより有効かについては現時点では結論できない。病理所見だけでなく全身状態や有害事象の発現状況を勘案した上で,適切なレジメンを選択し,適切な投与量・スケジュールの維持に努めることが重要である。

 また,治癒切除されたStageⅣ胃癌に対する術後補助化学療法については,その有効性が示唆されるものの,比較試験による術後補助化学療法のエビデンスはないため,推奨度は弱い(CQ29参照)。

 さらには,厳密には補助化学療法ではないが,胃切除されたCY1症例に対する化学療法により25%前後の5年生存率が再現性をもって報告されている(CQ30参照)。


術前補助化学療法

 術前補助化学療法は画像診断にて「治癒切除可能である」ことが前提であり,borderline resectableや切除不能例であったが化学療法の著効したことにより切除可能へconversionすることとは厳密に区別されるべきである。

 本邦では術後補助化学療法は多くの経験が蓄積されているが,胃癌の術後は経口摂取が低下するなどのために強力な化学療法を行うことが難しいだけでなく,合併症などにより術後補助化学療法ができない症例もある。一方,術前には強力な化学療法を行いやすいメリットがあり,治癒率の向上が期待される。しかし,術後補助化学療法は治癒切除された症例を対象とするため,組織学的な所見に基づいて適応を正確に決めることができるが,術前補助化学療法では画像診断で適応を決めるため,補助化学療法が必要でない早期癌の症例が対象となってしまうことや,逆に通常の画像検査では診断困難な腹膜転移を有する症例など切除不能な症例が対象となるデメリットがある。また,化学療法中に増悪して切除不能となるリスクや,さらには,術後合併症が増えるなどのデメリットもある。これらのメリット・デメリットを考えると,比較試験により現在の標準治療である術後補助化学療法に対する術前補助化学療法の優越性だけでなく,化学療法の副作用や過大診断の頻度,増悪して切除不能となる頻度,術後合併症発生率の差,およびQOLも明らかにされなければならない。

 欧米では,術前補助化学療法が標準治療とされており,2019年には中国,韓国から術前補助化学療法の優越性を示す結果が報告された(論文発表未)。本邦においては,「Bulky N」に対するS‒1+シスプラチン併用療法を用いた術前補助化学療法を行うことによる良好な成績が報告され標準治療とみなされているが,予後不良なスキルス胃癌に対する比較試験ではS‒1+シスプラチン併用療法を用いた術前補助化学療法の優越性は示されなかった72)

 このように,海外の報告では術前補助化学療法の有効性は一貫して示されているが,さまざまな問題点も指摘されており,そのまま本邦の日常診療に導入することについてはコンセンサスが得られていない(CQ28参照)。


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