胃癌治療ガイドライン 医師用2021年7月改訂 第6版

Ⅲ章 資料

クリニカル・クエスチョン(CQ)

重要臨床課題 14周術期化学療法

CQ28 根治切除可能な進行胃癌・食道胃接合部癌に対して術前化学療法は推奨されるか?

推奨文

根治切除可能な進行胃癌・食道胃接合部癌に対する術前補助化学療法については明確な推奨ができない。(合意率71.4%(5/7),エビデンスの強さB)

解説

 本CQに対する推奨の作成を行ううえで,根治切除可能な進行胃癌・食道胃接合部癌を対象として術前化学療法を行った場合の,生存率・再発率・術後合併症をアウトカムとして設定した。

 重要臨床課題として“周術期化学療法”を設定し,MEDLINEで“Gastric cancer”,“Stomach neoplasms”,“Chemotherapy”,“Adjuvant chemotherapy”,“CY1”,“Peritoneal lavage”,“Cytology”,“Gastrectomy”,“Conversion therapy”,“Neoadjuvant chemotherapy”のキーワードで検索した。Cochrane Libraryも同様のキーワードで検索した。検索期間は2000年1月から2019年9月までとした。上記のキーワードにて434編(Cochrane Library230編,MEDLINE248編)が抽出された。これにハンドサーチ24編を加えた458編より,一次スクリーニングで59編,二次スクリーニングで56編の論文が抽出された。

 本邦では術後補助化学療法については多くの経験が蓄積されているが,胃癌の術後は経口摂取が低下するなどのために強力な化学療法を行うことが難しいだけでなく,合併症などにより術後補助化学療法ができない症例もある。一方,術前には強力な化学療法を行いやすいメリットがあり,治癒率の向上が期待される。しかし,術後補助化学療法は治癒切除された症例を対象とするため,組織学的な所見に基づいて適応を正確に決めることができるが,術前補助化学療法では画像診断で適応を決めるため,補助化学療法が必要でない早期癌の症例が対象となってしまうことや,逆に通常の画像検査では診断困難な腹膜転移を有する症例など切除不能な症例が対象となるデメリットがある。また,化学療法中に増悪して切除不能となるリスクや,さらには,術後合併症が増えるなどのデメリットもある。これらのメリット・デメリットを考えると,比較試験により現在の標準治療である術後補助化学療法に対する術前補助化学療法の優越性だけでなく,化学療法の副作用や過大診断の頻度,増悪して切除不能となる頻度,術後合併症発生率の差,およびQOLも明らかにされなければならない。

 今回,文献検索で採択された5つの術前(周術期を含む)補助化学療法の有無の比較試験[1‒5]の論文を用いて,それぞれの比較試験における対象症例中のイベント数に基づいたオッズ比,および,それらをまとめたメタアナリシスによるオッズ比を求めた。すべて海外からの報告であったが,死亡をイベントとしたオッズ比は1つの試験を除いて1.0未満(0.78‒1.29)であり,すべてをまとめると0.91[95%信頼区間: 0.79‒1.06]であった。さらに,再発または死亡のイベント数が報告されている3つの試験[2,3,5]すべてにおいて,オッズ比は1.0未満(0.87‒0.91)であり,まとめると0.87[0.79‒0.96]であった。しかし,術後合併症のオッズ比は1.18[0.88‒1.58]と増加した。

 これらの結果の非一貫性は小さいといえるが,3つの試験[1‒3]では予定症例数の登録が完遂されておらず,1つの試験[4]は症例数が少ないなど,バイアスは否定できない。さらに,この4つの試験単独では有意な優越性を示されておらず,有意な延命効果・治癒率の向上を示したのは,術前後にエピルビシン+シスプラチン+5-FUの3剤併用(ECF)療法を3コースずつ投与する群と切除単独を比較したMAGIC試験[5]のみであった(全生存期間のハザード比[HR]:0.75[0.60‒0.93],5年生存割合36.3%vs. 23.0%)。最近,cStageⅡ以上の食道胃接合部および胃癌において,周術期補助化学療法として5-FU/ロイコボリン+オキサリプラチン+ドセタキセルの3剤併用(FLOT)療法がECF療法に対して優越性(HR:0.77[0.63‒0.94],5年生存割合45%vs. 36%)を示し[6],欧米では新たな標準治療として認識されている。ただし,欧米の術前補助化学療法の治療成績は本邦の術後補助化学療法の治療成績よりも低いこと,FLOT療法の忍容性を考えると,本邦の日常診療にすぐに導入できるものではないと考えられている。

 一方,本邦と手術手技や手術成績が近いアジアからは,2019年に2つの比較試験の結果が報告された(論文発表未)。1つは中国からの報告(RESOLVE試験)[7]で,cT4aN+M0またはcT4bN[any]M0に対して,術後にカペシタビン+オキサリプラチン併用療法を8コース行う群(A群)をコントロールとして,術後にS-1+オキサリプラチン併用療法を8コース行う群(B群)の非劣性,および,S-1+オキサリプラチン療法を術前後合わせて8(3+5)コース行い,さらにS-1単独療法を3コース加える群(C群)の優越性が検討された。プライマリーエンドポイントである無病生存期間におけるC群のA群に対する優越性(HR:0.79[0.62‒0.99])が示された。ただし,統計学的な検討はなされていないが,B群の無病生存曲線はA群とC群の間に位置しており(3年無病生存率:A/B/C群54.78/60.29/62.2%),B群に対するC群の優越性は不明である。また,全生存期間についてもいまだ報告されていない。2つ目は韓国からの報告(PROGIDY試験)[8]で,cT2,3/N+M0またはcT4/N[any]M0を対象に,術前にS-1+オキサリプラチン+ドセタキセルの3剤併用(DOS)療法を3コース行う群と行わない群が比較された(両群とも術後にS-1単独療法を8コース施行)。プライマリーエンドポイントである無増悪生存期間は術前補助化学療法群で有意に良好であった(HR:0.70[0.52‒0.95])。しかし,治療前に腹腔鏡検査が全例でなされていたわけではなく,開腹時に切除不能と判断された場合にはイベントにされていたこと,また,観察期間が不十分であり全生存期間での差が小さい(HR:0.84[0.60‒1.19])などの問題点が指摘されている。これらの試験では,術前化学療法群で手術の合併症は増えておらず,術前補助化学療法群で増悪により切除不能となった症例よりも,術後補助化学療法群で術後に化学療法を行わなかった症例が多かった。

 これまで本邦においては,高度リンパ節転移やスキルス胃癌などの手術単独では予後不良な症例を対象として,術前補助化学療法が検討されてきた。総肝動脈,腹腔動脈,脾動脈などに沿って長径3cm以上のリンパ節転移,隣接する2個以上の長径1.5cm以上のリンパ節転移,少数の傍大動脈(No. 16a2,b1)のいずれかがある場合には「Bulky N」とされ,外科的切除単独では予後不良である。「Bulky N」に対して術前にS-1+シスプラチン併用療法を用いた術前補助化学療法を行うことにより極めて良好な成績が報告[9]され,比較試験の結果はないものの,標準治療として認識されている。一方,Type4または8cm以上のType3の胃癌に対するS-1+シスプラチン併用療法による術前補助化学療法は,術前補助化学療法の有無により術後合併症の発生率に大きな差はなかったが,プライマリーエンドポイントである全生存期間において優越性を示すことができなかった[10]。現在,cT3‒4N1‒3胃癌(Bulky N,大型Type3,Type4を除く)を対象として,術後補助化学療法に対するS-1+オキサリプラチン併用療法3コースによる術前補助化学療法の優越性を検証することを目的としたランダム化比較第Ⅲ相試験(JCOG1509)が進行中である。この試験では,前向き研究によって「短径8mm以上あるいは長径10mm以上」をリンパ節転移陽性とする診断規準が設けられている[11]

 今回システマティックレビューで採用された5編の論文では,術前補助化学療法の有効性と術後合併症の増加は一貫して示されているといえるが,いずれも海外からの報告であり,これだけで本邦における術前補助化学療法の成績およびそのメリット・デメリットを明確に説明することはできない。本邦における,術前補助化学療法による治癒率向上などのメリットの大きさと,明確な診断規準を用いた治療前画像検査による病期の過大評価の率や手術の合併症率の増加などのデメリットの大きさ,さらにはQOLの評価など,目の前の患者に明示することのできるエビデンスが待たれる。


引用文献

[1] Hartgrink HH, van de Velde CHJ, Putter H, et al: Neo-adjuvant chemotherapy for operable gastric cancer: long term results of the Dutch randomised FAMTX trial. Eur J Surg Oncol 2004; 30: 643‒9.

[2] Schuhmacher C, Gretschel S, Lordick F, et al: Neoadjuvant chemotherapy compared with surgery alone for locally advanced cancer of the stomach and cardia: European Organisation for Research and Treatment of Cancer randomized trial 40954. J Clin Oncol 2010; 28: 5210‒8.

[3] Ychou M, Boige V, Pignon JP, et al: Perioperative chemotherapy compared with surgery alone for resectable gastroesophageal adenocarcinoma: an FNCLCC and FFCD multicenter phase Ⅲ trial. J Clin Oncol 2011; 29: 1715‒21.

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[5] Cunningham D, Allum WH, Stenning SP, et al: Perioperative chemotherapy versus surgery alone for resectable gastroesophageal cancer. N Engl J Med 2006; 355: 11‒20.

[6] Al-Batran SE, Homann N, Pauligk C, et al: Perioperative chemotherapy with fluorouracil plus leucovorin, oxaliplatin, and docetaxel versus fluorouracil or capecitabine plus cisplatin and epirubicin for locally advanced, resectable gastric or gastro-oesophageal junction adenocarcinoma(FLOT4): a randomised, phase 2/3 trial. Lancet 2019; 393: 1948‒57.

[7] Ji J, Shen L, Li Z, et al: Perioperative chemotherapy of oxaliplatin combined with S-1(SOX) versus postoperative chemotherapy of SOX or oxaliplatin with capecitabine(XELOX)in locally advanced gastric adenocarcinoma with D2 gastrectomy: A randomized phase Ⅲ trial(RESOLVE trial). Ann Oncol 2019; 30: V877.

[8] Kang YK, Yook JH, Park YK, et al: Phase Ⅲ randomized study of neoadjuvant chemotherapy(CT)with docetaxel(D), oxaliplatin(O)and S-1(S)(DOS)followed by surgery and adjuvant S-1 vs surgery and adjuvant S-1, for resectable advanced gastric cancer(GC)(PRODIGY). Ann Oncol 2019; 30: V876‒7.

[9] Tsuburaya A, Mizusawa J, Tanaka Y, et al: Neoadjuvant chemotherapy with S-1 and cisplatin followed by D2 gastrectomy with para-aortic lymph node dissection for gastric cancer with extensive lymph node metastasis. Br J Surg 2014; 101: 653‒60.

[10]Iwasaki Y, Terashima M, Mizusawa J, et al: Gastrectomy with or without neoadjuvant S-1 plus cisplatin for type 4 or large type 3 gastric cancer(JCOG0501). J Clin Oncol 2018; 36: 4046.

[11]Fukagawa T, Katai H, Mizusawa J, et al: A prospective multi-institutional validity study to evaluate the accuracy of clinical diagnosis of pathological stage Ⅲ gastric cancer (JCOG1302A). Gastric Cancer 2018; 21: 68‒73.


CQ29 R0手術が施行されたStageⅣ胃癌に対して術後補助化学療法は推奨されるか?

推奨文

R0手術が施行されたStageⅣ胃癌に対して術後補助化学療法を行うことを弱く推奨する。(合意率100%(7/7),エビデンスの強さC)

解説

 本CQに対する推奨の作成を行ううえで,臨床病期Ⅳ期胃癌のR0切除症例を対象として術後補助化学療法を行った場合の,生存期間・再発割合・有害事象・通院頻度・コストをアウトカムとして設定した。

 重要臨床課題として“周術期化学療法”を設定し,MEDLINEで“Gastric cancer”,“Stomach neoplasms”,“Chemotherapy”,“Adjuvant chemotherapy”,“CY1”,“Peritoneal lavage”,“Cytology”,“Gastrectomy”,“Conversion therapy”,“Neoadjuvant chemotherapy”のキーワードで検索した。Cochrane Libraryも同様のキーワードで検索した。検索期間は2000年1月から2019年9月までとした。上記のキーワードにて434編(Cochrane Library230編,MEDLINE248編)が抽出された。これにハンドサーチ11編を加えた445編より,一次スクリーニングで20編,二次スクリーニングで16編の論文が抽出された。

 胃癌の遠隔転移先には肝,遠隔リンパ節,腹膜が多いが,同時に複数の遠隔転移を伴うことが少なくなく,また,JCOG9501試験[1]により傍大動脈リンパ節の予防郭清の意義が否定されD2郭清が標準術式であること,さらには,JCOG1002試験[2]により高度リンパ節転移を有する症例に対しては術前補助化学療法が標準治療とみなされていること(CQ28参照)などにより,画像検査でcStageⅣと診断された胃癌に対して,Up Frontに外科的切除が施行されることは少ない。一方,リンパ節転移および腹膜転移の画像診断は困難であるため,cStageⅢの診断で定型的な切除術を施行したが傍大動脈リンパ節をサンプリングしたところ転移を認めた症例,原発巣近傍に単発または少数の腹膜転移を認めたために合併切除したCY0/P1症例が,StageⅣのR0切除例としてしばしば経験される。症例数は多くはないが,これらのR0手術が施行されたStageⅣ胃癌は予後不良であり,その治療成績向上は重要な課題である。

 その方法として,術後補助化学療法が挙げられるが,R0切除されたStageⅣ胃癌に対するR0切除後の補助化学療法の意義(手術単独vs. 手術+術後補助化学療法)を検証した比較試験はない。また,単アームの臨床試験や後方視的な研究や前向き観察研究でも,転移臓器別に検討されることが多い。さらに,腹膜転移についての検討には,CY1のためにR0切除ではない症例が多く含まれている。

 肝転移に関しては,イタリアから報告された非切除例やRFAによる肝転移焼灼術(n=1)を含めた195例での多施設共同の後方視的研究[3]では,多変量解析によって,T stage,H stage,治癒切除,術後の化学療法が予後因子であった。この解析には切除術非施行例や非治癒切除後の緩和的な化学療法の有無も含まれているため,術後補助化学療法の意義が明確に示されたとは言い難い。また,同グループは,肝転移切除術を施行した症例に限っても術後の化学療法が有意な予後因子であったと報告している[4]。中国からも,少数例の報告であり術前補助化学療法を行った症例も含まれているが,肝転移以外の遠隔転移がなく,胃原発巣と肝転移を同時に切除した25例中,術後補助化学療法を行った14例の5年生存率は54.1%と良好であったのに対して,非施行例では0%であったとの報告がある。本邦からも,腹膜転移を有さないR0切除されたpStageⅣの94例(肝転移39例,リンパ節転移55例)の後方視的研究の報告[5]がある。転移先や化学療法レジメンによって予後に差はなく,全体の5年生存割合は31.4%であった。一方,術後化学療法を行わなかった10例の無再発生存期間の中央値は4.1カ月であり,多変量解析では術後補助化学療法を行わないことは有意な予後不良因子であった。

 腹膜転移に関しては,前向き介入研究[6]にはCY1が含まれており,後方視的研究も含めてP1/CY0に限定した報告は今回のシステマティックレビューでは採用されなかった。国内の多施設共同の506例の後方視的研究[7]では,P1/CY0は81例であり,そのうち術後に補助化学療法を受けた症例は74例であった。化学療法のレジメンにより多少のバラつきはあるが,17‒33%の5年生存率が得られている。

 これらの報告は,無作為化比較試験でないため,バイアスが含まれており,エビデンスレベルは高くない。また,pStageⅣであってもR0切除だけでも治癒が得られる可能性があり,術後補助化学療法による上乗せ効果の大きさは不明である。しかし,pStageⅢでは術後補助化学療法による治癒率向上は明らかであり,CY1(StageⅣ)症例に対してもR1切除後に化学療法を行うことによって25%前後の治癒率が得られている(CQ30参照)。R0切除されたpStageⅣは,pStageⅢと肉眼ではとらえられないが,がんの遺残が明らかなCY1によるpStageⅣの間に位置すると考えると,R0手術が施行されたStageⅣ胃癌に対しても術後補助化学療法による利益があることが類推される。逆に,化学療法を行った方の予後が悪いとの報告はない。以上より,R0手術が施行されたStageⅣ胃癌に対して術後補助化学療法を行うことを弱く推奨する。


引用文献

[1] Sasako M, Sano T, Yamamoto S, et al: D2 lymphadenectomy alone or with para-aortic nodal dissection for gastric cancer. N Engl J Med 2008; 359: 453‒62.

[2] Ito S, Sano T, Mizusawa J, et al: A phase Ⅱ study of preoperative chemotherapy with docetaxel, cisplatin, and S-1 followed by gastrectomy with D2 plus para-aortic lymph node dissection for gastric cancer with extensive lymph node metastasis: JCOG1002. Gastric Cancer 2017; 20: 322‒31.

[3] Tiberio GAM, Baiocchi GL, Morgagni P, et al: Gastric cancer and synchronous hepatic metastases: is it possible to recognize candidates to R0 resection? Ann Surg Oncol 2015; 22: 589‒96.

[4] Tiberio GAM, Ministrini S, Gardini A, et al: Factors influencing survival after hepatectomy for metastases from gastric cancer. Eur J Surg Oncol 2016; 42: 1229‒35.

[5] Yamaguchi T, Takashima A, Nagashima K, et al: Efficacy of Postoperative Chemotherapy After Resection that Leaves No Macroscopically Visible Disease of Gastric Cancer with Positive Peritoneal Lavage Cytology(CY1)or Localized Peritoneum Metastasis(P1a): A Multicenter Retrospective Study. Ann Surg Oncol 2020; 27: 284‒92.

[6] Kodera Y, Ito S, Mochizuki Y, et al: A phaseⅡ study of radical surgery followed by postoperative chemotherapy with S-1 for gastric carcinoma with free cancer cells in the peritoneal cavity(CCOG0301 study). Eur J Surg Oncol 2009; 35: 1158‒63.

[7] Kumagai K, Yamaguchi T, Takashima A, et al: Comparison between S-1 monotherapy and S-1 plus cisplatin as postoperative chemotherapy after R0 resection for stage Ⅳ gastric cancer patients with oligometastasis: A multicenter retrospective study. J Clin Oncol 2019; 37: 123.


CQ30 胃切除されたCY1胃癌に対してフッ化ピリミジン系薬剤とプラチナ系薬剤の併用療法は推奨されるか?

推奨文

胃切除されたCY1胃癌に対してフッ化ピリミジン系薬剤とプラチナ系薬剤の併用療法は行わないことを弱く推奨し(合意率100%(7/7),エビデンスの強さC),S-1単剤による化学療法を弱く推奨する。(合意率100%(7/7),エビデンスの強さC)

解説

 本CQに対する推奨の作成を行ううえで,胃切除されたCY1胃癌症例を対象としてフッ化ピリミジン系薬剤+プラチナ系薬剤による化学療法を行った場合の,フッ化ピリミジン系薬剤単独化学療法に対する生存期間・再発割合・有害事象・通院頻度・コストをアウトカムとして設定した。

 重要臨床課題として“周術期化学療法”を設定し,MEDLINEで“Gastric cancer”,“Stomach neoplasms”,“Chemotherapy”,“Adjuvant chemotherapy”,“CY1”,“Peritoneal lavage”,“Cytology”,“Gastrectomy”,“Conversion therapy”,“Neoadjuvant chemotherapy”のキーワードで検索した。Cochrane Libraryも同様のキーワードで検索した。検索期間は2000年1月から2019年9月までとした。上記のキーワードにて434編(Cochrane Library230編,MEDLINE248編)が抽出された。これにハンドサーチ10編を加えた444編より,一次スクリーニングで14編,二次スクリーニングで13編の論文が抽出された。

 術中の腹腔洗浄細胞診は,1999年に改訂された「胃癌取扱い規約第13版」からStageⅣに分類された。また,胃癌治療ガイドラインでは,2001年の初版には腹腔洗浄細胞診検査実施についての記載はなかったが,2004年の第2版から「望ましい」とされた。本邦の胃癌術後補助化学療法の最初のエビデンスとなったACTS-GC試験[1]では,2001年から2004年に患者が登録されたが,適格規準に腹腔洗浄細胞診陰性であることが含まれていた。一方,韓国を中心に行われたCLASSIC試験[2]では,適格規準に腹腔洗浄細胞診についての記載はない。このような背景のもとに,本邦では腹腔洗浄細胞診が標準的に行われるようになったが,現在でも腹腔洗浄細胞診にてがん細胞が陽性であっても胃切除されることが多い。また,切除不能・再発胃癌に対する化学療法の臨床試験では,胃切除されCY1以外に遠隔転移のない症例が登録されることは極めて稀である。このように,胃切除されたCY1胃癌はさまざまな臨床試験の狭間に位置しており,治療開発の対象とされてこなかったといえる。

 2018年の「胃癌治療ガイドライン第5版」では,「胃切除された腹腔洗浄細胞診陽性(CY1)症例に対して化学療法は推奨されるか?」がCQ20に挙げられ,推奨文では「胃切除された腹腔洗浄細胞診陽性(CY1)症例に対して化学療法を行うことを推奨する」とされている。その根拠として,1つの前向き試験[3]と1つの後方視的研究[4]で,術後S-1単独療法によって25%前後の再現性のある結果が得られたことが挙げられていた。しかし,「化学療法レジメンおよびその期間についてはコンセンサスが得られていない」とも記載されていた。

 胃切除されたCY1胃癌症例に対して術後に行う化学療法レジメンの選択に際して,2つの考え方がある。1つは,切除後に肉眼的にとらえることのできないがん細胞の遺残に対して術後補助化学療法と同様にS-1単独療法を行うとするものと,もう1つは,CY1はStageⅣであるため,切除不能・再発胃癌に対する一次化学療法と同様にフッ化ピリミジン+プラチナ製剤併用療法を行うとするものである。胃切除されたCY1症例に対する術後化学療法の比較試験はなく,システマティックレビューでは1つの文献[5]だけが採用された。これは,日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)の胃癌グループ内で行われた2012~2017年に胃切除されたCY1胃癌506例の後方視研究であり,術後に267例がS-1単独療法,114例がS-1+シスプラチン(SP)併用療法,63例がその他の化学療法を受け,62例が無治療であった。3群間の患者背景に差はなかったが,これは施設毎に上記の化学療法レジメン選択方針が異なっており,患者毎でのバイアスが小さかったためであると推察される。治療期間は一定していないが,中央値はS-1単独療法群で285日,SP群で170日,その他群で223日であった。治療成績は上記3群間で差がなく,5年無再発生存率は17.0‒19.3%,5年生存率は22.3‒27.1%であった(無治療はいずれも0%)。この5年生存率は前版ガイドラインで引用された報告[3,4]とほぼ同じであり,再現性が高いといえる。

 この論文では化学療法に伴う有害事象は報告されていないが,特に胃切除術後にはS-1単独療法に比して他の併用化学療法による有害事象の発生頻度が高いことを考えると,胃切除されたCY1胃癌に対してフッ化ピリミジン系薬剤とプラチナ系薬剤の併用療法は行わないことを弱く推奨し,S-1単剤による化学療法を行うことを弱く推奨する。胃癌術後補助化学療法で有効性を示したオキサリプラチン[2]やドセタキセル[6]の併用による治療成績向上の可能性は否定できないが,現時点ではエビデンスはない。また,術前に腹腔鏡検査でCY1が確認された場合に,術前に化学療法を行う試みもなされているが,その優越性を示唆するエビデンスもない[7]

 なお,患者には上述の内容を十分に説明し,担当医の判断と患者の希望を共有した上での方針決定が望まれる。


引用文献

[1] Sakuramoto S, Sasako M, Yamaguchi T, et al: Adjuvant chemotherapy for gastric cancer with S-1, an oral fluoropyrimidine. N Engl J Med 2007; 357: 1810‒20.

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[5] Yamaguchi T, Takashima A, Nagashima K, et al: Efficacy of Postoperative Chemotherapy After Resection that Leaves No Macroscopically Visible Disease of Gastric Cancer with Positive Peritoneal Lavage Cytology(CY1)or Localized Peritoneum Metastasis(P1a): A Multicenter Retrospective Study. Ann Surg Oncol 2020; 27: 284‒92.

[6] Yoshida K, Kodera Y, Kochi M, et al: Addition of Docetaxel to Oral Fluoropyrimidine Improves Efficacy in Patients With Stage Ⅲ Gastric Cancer: Interim Analysis of JACCRO GC-07, a Randomized Controlled Trial. J Clin Oncol 2019; 37: 1296‒304.

[7] Yamaguchi T, Takashima A, Nagashima K, et al.: Impact of preoperative chemotherapy as initial treatment for advanced gastric cancer with peritoneal metastasis limited to positive peritoneal lavage cytology(CY1)or localized peritoneal metastasis(P1a): a multi‒institutional retrospective study. Gastric Cancer 2021; 24: 701‒9.


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