付 胃悪性リンパ腫診療の手引き


胃 MALT リンパ腫の治療

除菌治療

胃 MALT リンパ腫において除菌対象となるのは,病変が胃のみの限局期症例である(Lugano 分類のⅠ期およびⅡ1期)注 1。限局期 MALT リンパ腫においては,現在は,H. pyrori 除菌療法が第一選択として標準的治療である。除菌療法による奏効率は,わが国では70~80%前後である。しかし,除菌療法後,MALT リンパ腫が消失するまでの期間は2~3カ月から数年と差を認め,内視鏡検査の間隔,除菌療法後に残存する場合の salvage 治療のコンセンサスは得られていない。


注 1:
進行期 MALT リンパ腫・DLBCL についての除菌治療は現時点では推奨されるべきエビデンスはない。胃 MALT リンパ腫に対する除菌療法は保険適応がまだないので,注意を要する。

除菌治療

H. pyrori 陽性患者に対しては,除菌治療が第一選択となる。陰性症例についても除菌治療を行うコンセンサスはないものの寛解を認める症例が存在することから除菌を行うことが多い。標準除菌治療はプロトンポンプ阻害薬,アモキシシリン,クラリスロマイシンを1週間投与する3剤併用療法であり,除菌効果判定についても潰瘍治療としての標準除菌治療を適応する。

処方例1


除菌治療抵抗症例

① 内視鏡肉眼型が,腫瘤形成型を中心とした粘膜下成分を含む隆起型を呈する症例,② 深達度が筋層以深,③ diffuse large cell lymphoma の成分を有する,④ 領域リンパ節以上の転移を有する(Stage 進行症例),⑤ H. pyrori 陰性症例,⑥ (t 11;18)(q21;q21)染色体転座および融合遺伝子 API2-MALT1 の発現,⑦ その他の染色体転座症例などの特徴を有す症例は,完全除菌後も遺残リンパ腫細胞を認めることが多い。

除菌治療抵抗症例に対する二次治療

現時点において,除菌抵抗症例の二次治療の標準治療は存在しない。限局期では,放射線治療もしくは手術療法,Stage 進行期であれば化学療法を選択する注 1

放射線治療:
限局期であれば,限局期低悪性度悪性リンパ腫と同様に 30Gy の放射線治療を行うことが多い。
手術療法:
胃癌と同様な定型的手術を施行するが非外科的療法が主流となっている。
化学療法:
StageⅡ2 以上の MALT リンパ腫には,CHOP などを中心とした全身化学療法を試行していたが,B 細胞悪性リンパ腫に対する治療に準じリツキシマブを中心とした治療が行われる。

【参考】
わが国で行われた前向き第2相臨床試験では,除菌治療終了6週後に上部内視鏡検査,腹部,胸部,腹部 CT にて効果判定を行い,以後最初の 1年は,3カ月,2年目は4カ月,3年目は6カ月ごと,4年目以降には 1年ごとに上部消化管検査,CT を施行する規定となっていた。わが国では慣例的に同様の検査 follow を行うことが多い。


注 1:
除菌抵抗症例については,肉眼的に改善を認めても,組織学的に遺残を認めた場合(A-2 , 注 1 参照)には治療が追加される。

放射線治療

胃 MALT リンパ腫において通常放射線治療の適応となるのは,StageⅠ-Ⅱ1(Lugano 分類)症例のうち,H. pylori 除菌治療後のリンパ腫遺残例あるいは H. pylori 陰性例であり,胃および胃周囲リンパ節に対して 30Gy/20回程度が推奨されている。 
除菌治療後遺残例に対して放射線治療を実施する時期に関しては,現在まで明確なコンセンサスは存在しない。除菌治療後リンパ腫の消失まで18カ月を要したとの報告もあり,内視鏡所見で改善傾向がみられるあるいは増悪がない場合には経過観察可能であるが,増悪傾向がみられるあるいは症状が出現した場合には実施すべきである。 
米国 National Comprehensive Cancer Network(NCCN)の診療ガイドライン6)では,除菌治療 3カ月後にリンパ腫が残存しかつ症状がある場合,あるいは6カ月後の段階でリンパ腫の残存が認められる場合には症状の有無にかかわらず放射線治療の適応であるとしている。 
放射線治療成績については,Memorial Sloan-Kettering Cancer Center から Schechter らによる報告がある7)。H. Pylori 陰性あるいは除菌療法後遺残の51例に対し胃および胃周囲リンパ節に1回 1.5Gy,総線量 28.5~43.5Gy(中央値 30Gy)の放射線治療を行い,5年の無再発割合,全生存率,原病生存率がそれぞれ 89%,83%,100%であった。Tsang らも同様に良好な放射線治療成績を報告している8)。また,有害反応として放射線治療中の穿孔,出血あるいは晩期毒性としての腎毒性,二次発癌の頻度はいずれも稀である9-11)。さらに近年では三次元放射線治療が普及し,さらなる腎毒性の軽減が可能となっている12)


化学療法と抗体療法

胃 MALT リンパ腫は進行の遅いリンパ腫(indolent lymphoma,低悪性度リンパ腫)であり,MALT リンパ腫は限局期で見つかる場合はほとんどで,限局期の場合(Lugano 分類13)Ⅰ期,Ⅱ1期)は原則として除菌療法が第一選択の治療法注 1 である。進行期 indolent lymphoma は通常の化学療法では完治は困難である14,15)。進行期胃 MALT リンパ腫(Lugano 分類13)Ⅱ2期以上)は全身性 MALT リンパ腫と考え治療法を選択する。治療目標は多くの場合,症状の改善と生存期間の延長におかれる。そのため,有病でも長期間の生存が期待できる場合には治癒を目指した治療関連死亡率が高い治療は原則的に推奨されない。
MALT リンパ腫で化学療法や抗体療法の対象患者は,進行期(病期Ⅲ,Ⅳ期)の場合が主体で,限局期 MALT リンパ腫の除菌失敗例で放射線治療不応例もしくは再発例の場合に手術不能例または患者が手術を望まない場合である。
MALT リンパ腫に対して確立した化学療法レジメンは現在のところはなく14-17),MALT リンパ腫だけを対象にした Watch & Wait を行ったとする臨床研究はみられないが,indolent lymphoma は無症状であれば Watch & Wait しても生存期間に不利にならないため14-16),患者との話し合いが大切である。Watch & Wait をする際の注意点は約10%に生じるとされている進行の速い aggressive lymphoma(多くは DLBCL)への形質転換で,その場合の治療は後述する DLBCL に準ずる17)
MALT リンパ腫を含む indolent lymphoma の治療で大切なことは治療開始の時期である。治療適応はリンパ腫の進行や巨大腫瘤病変による局所症状や臓器障害の出現,B症状(発熱,寝汗,原因不明の体重減少)の出現,胸水や腹水などリンパ節外病変の出現,骨髄浸潤による血球減少,溶血性貧血や脾腫の出現,患者の希望などである16)。リツキシマブが使用されるようになってからは早期から治療が開始される傾向がある18)
初期治療としては化学療法,抗体療法,抗体併用化学療法がある16,17)。化学療法の標準治療は未確立であるが,CHOP 療法(シクロホスファミド,ドキソルビシン,ビンクリスチン,プレドニゾロン併用療法),CVP 療法(シクロホスファミド,ビンクリスチン,プレドニゾロン併用療法),フルダラビン+リツキシマブ併用療法,リツキシマブ単独療法などがある。最近では CHOP 療法や CVP 療法にリツキシマブを併用するほうが治療成績が良いため併用されることが多い14,17,18)。高齢者にはリツキシマブ単独療法が勧められる16)
初期治療での手術の適応は,生命に危険があるような出血がみられる場合など限られた症例だけである16,17)

注 1:
進行期 MALT リンパ腫・DLBCL についての除菌治療は現時点では推奨されるべきエビデンスはない。胃 MALT リンパ腫に対する除菌療法は保険適応がまだないので,注意を要する。

処方例2

【付記】わが国で可能な抗体療法治療方法として
リツキシマブ単独療法:リンパ腫細胞の CD20 の発現が確認されれば,抗 CD20 キメラ型抗体(リツキシマブ)が使用される。胃 MALT リンパ腫を含む MALT リンパ腫を対象にした第2相試験が報告されており,73%の全奏効率,14.2カ月の治療奏効期間(TTF)が得られることが報告されている18)。H. pylori 除菌療法の有効性は t (11;18)(q21;q21)の有無で影響を受けることが知られている20)が,リツキシマブ単独療法は影響を受けず,その全奏効率は77%である21)。 
化学療法単独治療としてシクロホスファミド経口投与があり,進行期症例に対して実施されたデータでは 75%に完全奏効(CR)がみられ,5年無イベント奏効率は50%,5年全生存率は75%であった22)。クラドリビンは前向き第2相試験の結果では25例中21例が完全奏効で,そのうち胃 MALT リンパ腫18例は全例 CR であり21,23),6年の無病生存率が78.5%であった24)。このように良好な成績が得られているが,本臨床試験ではクラドリビンの使用量が 0.12 mg/kg/日,5日間(4週ごと)2時間投与であること,わが国ではクラドリビンの対象疾患は化学療法後再発もしくは難治性の低悪性度リンパ腫であるが,本論文では初回治療として使用していることに注意が必要である。
他に多剤併用化学療法(CHOP 療法,CVP 療法)やリツキシマブ併用多剤併用化学療法があるが,アントラサイクリンを含む多剤併用療法を用いることで治癒率の向上や生存期間の延長を示唆するデータがないため,CHOP 療法などは形質転換した場合や腫瘍量が多い場合に使うほうがよい17)。 
胃 MALT リンパ腫を含む marginal zone lymphoma にフルダラビンを含む化学療法が有効であることや17-25),またわが国でも使用可能になった経口フルダラビンも有効であることが報告されている26-28)。 
治療抵抗性および再発を繰り返す進行期 MALT リンパ腫では大量化学療法・自家造血幹細胞移植,同種造血幹細胞移植の適応も検討される14-16)。ただし,いずれもその意義はまだ確立していないため適応は慎重に決定すべきである。


外科治療

胃 MALT リンパ腫は悪性度の低いリンパ腫であるが,過去には手術療法で治療されていた。病巣が多発し,広範囲に及ぶことも多いことから,胃全摘術が選択されることが多く,癌に準じたリンパ節郭清も行われていた。リンパ節転移の頻度は決して低いわけではなく,時に脾門部リンパ節を含む2群リンパ節(胃癌取扱い規約13版)までの転移が観察されている。病理検索の結果病巣に DLBCL が混在していた場合を除き,治療成績は極めて良好であった29)
近年,H. pylori 除菌が MALT リンパ腫の治療の第一選択となった。時に病巣内に高悪性度(多くは DLBCL)の成分が混在する点には注意が必要であるし,もともと H. pylori 陰性である場合や,除菌療法に対する不応例に対しては除菌療法以外の治療が必要となる。しかし,このような場合にも放射線治療や化学療法が有効であり,これらの治療を行えない何らかの事情がない限り,手術療法を選択することは考えにくい。さらに,MALT リンパ腫は,ビラン状の浅い病変が主体であり,非外科的療法の合併症として重篤な出血や穿孔をきたす可能性は極めて低い。
例外的に手術が選択されるケースとしては,胃癌を合併した場合があげられ,その胃癌に対して胃全摘術が必要でない場合には,必要な範囲の胃の切除に加えて MALT リンパ腫の非外科的治療を行うのか,胃全摘術を行うのかを選択する必要が生じる。